仕事のこと
育児休業明けの仕事がすでにしんどい。
もともときちんと仕事内容を理解せずに中堅の年次になり、かつ産休育休で期間があくと勤務年数と経験値と知識が反比例するのでなおさら。
そんな中ふと思ったのが、娘の習い事をどうするかという話。
先日より考えていることではあったのだけれども。
娘には、経験したことを一身に吸収する今のうちに楽しいと感じる今のうちに、楽しいと思うことをたくさんしてほしいということ。
また、将来的に娘の役立つことを幼い今のうちから彼女の生活の当たり前として接することができる環境を提供すること。
この「将来的に娘の役に立つこと」というのは本当に未知数で、まじで今からわかるわけがない。
だから、なんばしか時間とお金の許す範囲でこちらからよさそうなものをピックアップしたり、知りあいとのご縁なんかで始めることになるのだと思う。たぶん。
ただ強く思うのは、どんな形にせよ親元から経済的に自立するときにあまり苦労しなければいいなぁということ。
いわゆる感情労働なんかはとてもしんどいし、仕事と本人の性質の相性はやはりあると思うので。
やりがいと実入りのバランスがあまりにもとれない職場もあるのだと思う。
親という立場から彼女にできることはとても少ないのだけれど、何も知らないまま気が付いたら苦労して抜け出しづらくなっていましたというのは切ないなと。
それも本人の人生なのだし、見守るしかないのだけれど。
幸せを感じる時間が多ければいいなと望んでいるので、何か私の立場からできることがあればやりたいなと思う。
どんなことが押し付け100%でない「選択肢の提示」になるのだろう。
とても難しい。
ひとりよがり感もすごいけれど、目先のことより将来を見据えてのことを考えたい。
もしかしてそれって、次世代とりまく政治のこととか考えないといけない。。。?
2歳児から3歳児へ
お誕生日おめでとう。
娘氏とうとう3歳になりました。
幼稚園でもお友達の家でもお誕生日を祝ってもらったけれど、どれくらいわかっているかな。あまりピンときてないかもしれないけれど、たくさんケーキを食べてたいそう楽しそうでした。
母は正直なところ、娘氏の育児をとても迷いながらやっています。
6か月しか違わないのに、もう四字熟語のカルタなんかを覚えているお友達もいます。
そんな子を見るたびに、親である自分たちがもっと絵本や知育にかかわる遊びをしていれば、携帯を見るのをやめて構っていれば、そう思います。
けれど、3人兄妹が放任主義のもとのびのびと育っている家庭を見ると、それもとてもよいことだなと思い揺れるのです。
とてもめでたい日なのだけれど、ここは私のブログなので母の自分勝手をたくさん書きますね。
私はできていない母親なのです。
勉強は嫌いです。仕事も嫌いです。ゲームが好きです。でも難しいゲームは嫌いです。お酒も飲みます。たばこは吸いませんが、総じてとても自分勝手な人間です。
外では自分勝手な感じを少し封印しながら生きています。
きっとばれているけれど。
習い事したい?娘氏は何がしたい?
母はあなたにどうしていいのかよくわかりません。
楽しく生きていってほしいと思います。
そのためにはどんなふうに育つことができればいいのか考えます。
母親がそれを考えることはそれなりに大切なことだと思います。
まだあなたが育つことに、母親の生活習慣や趣味嗜好や言動がとても影響を与える年次であると思うからです。
けれど、その「与える影響」が何なのか、どこまでなのか。
きっとそれは娘氏が育ってみないことにはわからないことなのだとも思います。
教育ママ的思考に偏りすぎるあまりに、その元で育った人がバランスのとりづらい偏った性格になってしまい結果的に生きずらいなんてことは、きっと小説やドラマの中の話だけではないことでしょう。
もう娘氏の人生は娘氏のものです。
母の考えを押し付けることと娘氏の成長を思うことの天秤の正しさが私にはまだわかりません。
きっとずっとわからないんだと思うし「わかった」なんて思ったらそれはそれでだめな気もします。
ときどき同じようなことを、自分に言い聞かせるようにこうして言葉にしようと思います。
そんな区切りをくれた娘氏の3歳の誕生日を、娘氏の眠った今、また心の中でお祝いしたいと思います。
娘氏、3歳の誕生日おめでとう。
よく今日まで元気に育ったね。
これからもたくさんのことを、いろんな人と経験しながら、元気に育ってね。
私よ、ひとまず育児と仕事を頑張るのだ!!
2歳児のかたこと
有名な料理家のコウケンテツさんがいる。
ご本人のYoutubeチャンネルも開設されており、時々お世話になっている。
そのチャンネルのシリーズに、朝ごはんを作る様子のVlogがあるのだが、この撮影にひょっこりとまぎれこんでくるご本人の第三子である当時3歳くらいの次女ちゃんが、そればもうばちばちにかわいい。
「おみじゅのみたい」「ありやと」
と、パパであるコウケンテツさんにたくさん話しかける様がそれはもうその辺の子猫動画もびっくりのかわいさなのである。
この動画と出会ったのは1年以上前だっただろうか。
同じく女児を持つ身であるが、2歳になってもなおきちんとした発語のない娘に当時の私は大きな不安を抱えていた。
何度か書いているが、娘は生後2日目に細菌性髄膜炎(GBS)を発症し、NICUへ搬送。その後抗生剤治療のため生後3か月を過ぎるまでの102日間入院した。
また退院後、身体の発達は問題なかったのだけれど、1歳6か月を過ぎても発語がないことに鑑みて、週に1度の言語療法を受けていた。
髄膜炎発症時に、脳にダメージがいっていることは間違いない。
入院中のMRIでも脳膿瘍ができていたのが確認できていたし、抗生剤により膿瘍がなくなっても、その部分の組織が再生されるわけではないということだし。
だから、このシリーズの動画を見るときは、娘もいつかこの次女ちゃんのようにたいそうかわいい言葉で私に話しかけてくれたらいいなぁと心に思っていたものだった。
現在娘2歳11か月。3歳までのカウントダウンが始まった今、動画に出会った当時よりはだいぶ話すようになりました。
かわいい。
買い物の際に一切私のいうことを聞かず、本屋の床に寝そべりながら私を見上げ、「ままー、でぃやっこぉ(だっこ)ーー」と横着極まりない態度で抱っこをせがむ等を繰り返した結果、ぶちぎれた私に家まで強制送還させられるような出来事を除いては(注:割と頻繁)。
復職間近なので
だいぶ長いお休みをいただいた。
育児休業をなんだかんだ職場に無理を言っていた形だ。
娘の想定外の罹患や主人の転勤等、ばたばたとした理由もあるが、本当に長い間専業主婦をさせてもらった。
一転、もう少しでフルタイムワーママとなる。
(書いていて思ったけれど「ワーママ」の響きがあんまり好みじゃない)
朝娘をしかるべき機関へ預け、仕事を終えてから娘を迎えに行き、家に帰り全てが始まる。
すなわち、夕飯作りからなんからの家事のすべてのスタートが夕方になるのだ。
洗濯も基本的には帰宅後にすることになると思う。
娘の替えの体操服がないので・・・
復職後の余裕のなさはもう火を見るよりもあきらかなので、特に夕飯についてあまり考えずに済むプランをいくつか考えておこうと思う。
月曜日から金曜日まで5日間、2週間で10日間分の食事パターンがあればそこそこ乗り越えられる手筈で考える。
楽で娘も食べるメインと野菜をぶち込んだ汁物で構成しよう。
①餃子(チルドでも冷凍でも総菜でもなんでもござれ。基本手作りしてないです。)
卵スープ(たまねぎみじん切りやほうれん草の冷凍とか準備しとこう)
きゅうりととまと
➁マーボー豆腐丼(丸美屋の甘口派)
↑とろみのある丼なので汁物省略
きゅうりととまと
③やきそば(orやきうどん)
↑野菜が入っているので一品完結、以上!
④ソーセージやハンバーグやお刺身やコロッケ等のなんばしか楽な一品
しらすごはんか納豆ごはんか鮭ごはん
ワカメとお揚げと豆腐の味噌汁
⑤うどんすきorちゃんぽん風うどん
↑白菜かキャベツで和風だしにするか鍋キューブ濃厚白湯にするか
⑥チャーハン(鮭レタス、ベーコン玉ねぎ等)
なんばしかの汁物
⑦インスタントラーメン
↑たまごくらいぶち込めれば御の字。もうこのときはこれ以上無理だと割り切る。
⑧ちらしずし的なもの(酢飯にお刺身刻んだものを乗せる)
味噌汁(大人はマツタケの味お吸い物的なものでも)
⑨ミートソースパスタ
ポトフ
⑩ドラえもんカレー
きゅうりととまと
どうよこの意識ド底辺のラインナップ!!
けど正直もうほんと、仕事していないときでもどうにか夕飯作る(総菜ばんばん買ってる)ので精一杯でなんでかわからんけどほんとにもう、なんでかわからんけどほんとにもう(二回言う)難しかったので、このくらいでいいよってしとかないときっとパタリと倒れてしまう(心が)。
もっとぶっちゃけると、週末はこれにマックだのすき家の牛皿(ごはんのみ炊く)だの外食テイクアウトだのが入ってくる。
それで良しとする。
できるときにやればいいのだから。
ただ、あまりに野菜が少ないと今度は罪悪感で心が逝ってしまうので、総じてやっておくべきは、時間のあるときに野菜を千切りやみじん切りにして、夕食準備時には鍋やフライパンにぶち込むだけにしとくことかなと。
あと、錦糸卵と大根おろしに時間がかかってしまう(私の場合)のですこし余裕のあるときだけれど瓦そばも作ろうね。旦那さんも娘も好きだから。
2歳児娘のことやらなんやら
気楽にやる記録として久しぶりに利用するはてなブログ。
noteも考えたんだけど、あっちだとしっかりした文章を書かねばと、なにやら無駄な自己プレッシャーがあるのでこっちでリハビリ。
昨年からプレ保育で週に2~3回、幼稚園に通うようになった2歳児娘は、ここ1年間でたくさんの言葉を覚えた。
昨年7月に知能検査があったのだけれど、プレ保育が始まった3月時点ではまだまだ言葉が出ていなくて、正直とても心配していた。
プレ保育自体には通い始めて割とすぐに慣れたようで、3回程度通った頃には持たせたお弁当を完食して帰るほどになった(もともと少なめに作ってはいたけれど)。
プレ保育開始までの1歳からの2歳の間に、同じ幼稚園で行われていた育児サークル(月2回程度、親同伴でお遊戯室で企画に参加するもの)に参加し、園の先生や場所に慣れていたのもよかったのかもしれない。
朝の挨拶や歌、外遊びやお部屋での制作等、園内での生活にも順応できるようになっていき、登園のバスにも前向きに乗り込んで行くようになった。
そうして5月。GWを過ぎた頃からだったか、それまで本当に簡単な10語程度しか話していなかったが、少しずつ話す言葉が増えていった。
知能検査当日、不慣れな場所や人を相手にしてはたして大丈夫なのかと思ったが、過度に緊張し固まることなく、先生の指示を聞き、私が把握していなかった言葉も理解している様子さえ見せた。
結果は、決して十分発達しているとは言えない程度のIQではあったものの、遅れもこちらが頭を抱えるほどではなく、前向きに今後を見守りましょうという内容であった。
そうこうしながら更に半年以上経ち、ここ最近また一つ段階を進んだ感じで言葉が増えたように見える。
それは私の体感によるところが大きく、いつどんなことを話すようになったかは細かく覚えていない。
もっといろいろときちんと記録していればよかったと悔やまれるので、Twitterやはてな等でもう少し頻繁に話したこと等を記録しておきたいと思う。
娘はもうすぐ3歳になる。
毎日毎日私と比べ物にならないほどにいろんなことを吸収し、感知し、たくさんの感情を抱えているんだろうと思う。
頑固もので融通が利かず落ち着きのない。正直なところ大変に育てにくいと感じる子ではあるものの、出産二日後にNICUに搬送され100日以上入院していたあの日々を振り返る度に、こんなにも元気にしっかりと育ったものよと思わずにはいられない(日々金切声を上げながらいろいろとしかっているけれど・・・)。
優しさと賢さ
私の通う心療内科の先生が言ったこと。
私の周りの人(友人や夫)は頭がいい人が多いですねと。
それは、心の活力不足を起こしている私に対して「こーしたら?あーしたら?」と言わないからだと。
人は生きているとそれぞれの「ベストオブ生き方」みたいなのができるので、ついそれを人に勧めたりおしつけたりしがちなんだと。
たしかにそうかもしれない。
母やパートナーはよくこんなあぶなっかしい自分に対して叱責せずに温かく見守ってくれているなと思う。
自分だったらこんなやつ説教ものだと感じることも多い。
そんな環境に甘えていいということではないけれど、そんな人たちを「賢いのだ」と表現することをとてもいいなと思ったのでした。
しばらく待機
今の居住地にもしばらく住むことになった。
決定事項ではないけれど、可能性がかなり高い。
以前もどこかで書いたかもしれないけれど、ここは産後の娘の疾病のために
やむなく来た仮住まいだと思っていた。
仮住まいの想定を超える期間ここに住みそうだ。
娘や夫のことを考えると、ここに住むことがメリットが大きいのは事実。
しかしながら、私はどうしてもここを去りたかったらしい。
自分でも「そこまでかー。。。」と思う程度に強く。
どうしてもいつか憧れのかの地へ行きたいと思う。
私のいたい場所に帰りたい。