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ハナコログ

覚書onインターネット

とにかく続けよう!!

ブログ開設一カ月を過ぎ、パソコンすら開かずにぼーっとする日々を送ってました。

ブログを書かずに三日過ぎると、よくわからない、こう、後ろめたさみたいなものが出てきて、見て見ぬふりしてしまう感覚になりました。

あー、こうやって何かを始めては終わってしまうんだなーと、ほんとにぼんやり考えてましたが、気負わずに、ただ自分が文章にしたいことを淡々と書き起こせばいいやと思い直し、またキーボードをたたいています。

とにかく続けよう!!

一年後、二年後、三年後にはそこそこの文章量になって、なんとなくおもしろく見返せればいいなーと思います。

 

さて、今日は両親の29年目の結婚記念日でありました。

私は、父親に対し今でこそそこまで感じないものの、その過干渉ぶりに嫌気が指し、避けていた日々がありました。

そんな私でしたが、99%嫌なんだけど、1%だけ、ここだけはやっぱり敬わないとなーと若いころから思っていたことがあります。

 

今まで、一度たりとも結婚記念日を忘れたことがないんです。

 

これは昔の思い出です。父はいわゆる「帰るコール」を毎日する人でした。父が嫌いだった私は、もちろん帰るコールの響きを嫌悪していたわけですが笑。

ただ、年に一度。この日だけ、帰るコールを母にした後、必ず私に電話を代わるよう母に言うのです。そして受話器を受け取った私に対し、「帰りついたら、車のクラクションを鳴らすから、母さんよりも早く出てくるように。」と命じます。

予告通りクラクションがなり、私が出ていくと、薔薇の花束を私に手渡し、「いつもありがとうって言って、お母さんに渡しなさい」と言うわけです。

幼稚園児だかそこらの年の私は、誇らしげに母に「お母さんいつもありがとう!」と花束を渡していたものでした。それが、結婚記念日のために父が用意していたものだと知るのはもう少し後になります。

本当に毎年毎年やってました。

社会人になり、遅めの反抗期を迎えた私の中で、父の人間性を肯定せざるを得ないエピソードとして、私の記憶に残ったのです。

 

今では毎日の帰るコールは「帰るメール」になり、さすがに当日に花束を買ってくることはなくなしましたが、感謝の意を伝えるようなメールが、今でも母には送られてくるそうです。

本当は都度伝えるのがいいんでしょう。けれど、なんとなく、やっぱり記念日的な特別感があると、こんなにも印象的になるんだなと、今改めて思います。

そしてそれが、私の父に対する嫌悪さえ押しとどめるのですから、びっくりです。

 

しかし、今考えたらキザでちょっと恥ずかしいですよねー。

けれど、男の人は女の人よりも、ロマン的な何かを求める人の方が魅力的だなーとか思う今日この頃です。

私が、無駄に現実的過ぎるからか笑。

 

スーパーで安いワインを買ってお祝いした29年目の結婚記念日。

私もいつかそんな日を迎えられたらと、素直に思えるまでにはちゃんと大人になりました。

 

本当におめでとうございます。